東京都渋谷区
祥雲寺の著名人の墓
5件の墓所を、写真と来歴つきで紹介します。
渋谷区広尾にある臨済宗大徳寺派の寺。福岡藩主・黒田長政の冥福を祈って建てられた寺が始まりで、黒田家のほか、久留米藩有馬家など多くの大名家の菩提寺となった。墓地には長政の大きな墓標をはじめ、大名や学者の墓が並ぶ。
- 所在地
- 東京都渋谷区広尾5-1-21
祥雲寺に眠る人々(5件)

曲直瀬玄朔
1549–1632
安土桃山時代から江戸時代初めの医師。名医・曲直瀬道三の養子となって二代目道三を継いだ。正親町天皇や豊臣秀吉、秀次らを診察し、のちに徳川秀忠の治療のため江戸に招かれた。診療の記録『医学天正記』は日本の医学史の貴重な資料である。

黒田長政
1568–1623
黒田官兵衛(孝高)の長男で、筑前国福岡藩の初代藩主。幼いころ織田信長の人質となり、のち豊臣秀吉に仕えて各地で戦った。関ヶ原の戦いでは東軍の武将の調略に大きな役割を果たし、戦後、筑前52万石を与えられて福岡城を築いた。

大給恒
1839–1910
三河国奥殿藩主、のち信濃国田野口(竜岡)藩主。もとの名は松平乗謨。幕末に老中・陸軍総裁を務め、星形の西洋式城郭・龍岡城を築いた。明治になって賞勲局で勲章制度の整備にあたり、佐野常民とともに博愛社(のちの日本赤十字社)を創設した。

有馬頼萬
旧久留米藩主有馬家14代当主・伯爵 1864–1927
旧筑後国久留米藩主・有馬家の第14代当主。最後の藩主・頼咸の子で、明治になって家を継ぎ、伯爵となった。旧領・久留米の教育や育英事業を支援した。政治家で、競馬の「有馬記念」に名を残す有馬頼寧の父にあたる。

有馬頼之
1870–1917
明治から大正期の華族・政治家。久留米藩主であった有馬家の一族で、子爵を授けられた。貴族院の子爵議員を務めた。祥雲寺は久留米藩有馬家の江戸における菩提寺で、歴代藩主や一族の墓が並んでいる。1917年に46歳で没した。