東京都
大給恒の墓
1839–1910

大給恒について
三河国奥殿藩主、のち信濃国田野口(竜岡)藩主。もとの名は松平乗謨。幕末に老中・陸軍総裁を務め、星形の西洋式城郭・龍岡城を築いた。明治になって賞勲局で勲章制度の整備にあたり、佐野常民とともに博愛社(のちの日本赤十字社)を創設した。
墓所の情報
- 菩提寺・墓地
- 祥雲寺
- 所在地
- 東京都渋谷区広尾5-1-21
- 参拝日
- 2009年8月3日
東京都
1839–1910

三河国奥殿藩主、のち信濃国田野口(竜岡)藩主。もとの名は松平乗謨。幕末に老中・陸軍総裁を務め、星形の西洋式城郭・龍岡城を築いた。明治になって賞勲局で勲章制度の整備にあたり、佐野常民とともに博愛社(のちの日本赤十字社)を創設した。