福岡県福岡市
東長寺の著名人の墓
3件の墓所を、写真と来歴つきで紹介します。
福岡市博多区にある真言宗の寺。唐から帰国した空海が開いたと伝わり、空海創建の寺として日本で最も古いとされる。福岡藩主・黒田家の菩提寺の一つで、2代・忠之、3代・光之、8代・治高の大きな墓が並ぶ。木造では日本最大級の福岡大仏でも知られる。
- 所在地
- 福岡市博多区御供所町2-4
東長寺に眠る人々(3件)

黒田忠之
筑前福岡藩第2代藩主 1602–1654
筑前国福岡藩の第2代藩主。黒田長政の長男。新しい家臣を重く用い、大きな船を造るなど勝手な振る舞いが多かったため、重臣の栗山大膳が「藩主に謀反の疑いあり」と幕府に訴え出る「黒田騒動」が起きた。藩は取り潰しをまぬがれ、島原の乱にも出陣した。

黒田光之
筑前福岡藩第3代藩主 1628–1707
筑前国福岡藩の第3代藩主。忠之の子。父の代に傾いた藩の財政を立て直すため倹約を進め、新しい人材を登用した。学者・貝原益軒を用いて、黒田家の歴史をまとめた『黒田家譜』を編纂させた。長男を廃して次男に跡を継がせたことは、のちに家中の争いのもととなった。

黒田治高
八代藩主 1754–1782
筑前国福岡藩の第8代藩主。讃岐国多度津藩主・京極家に生まれ、黒田家の養子となった。1782年に家督を継いだが、その年のうちに29歳で亡くなり、藩主の座にあったのはわずか半年ほどであった。跡は一橋徳川家から養子が迎えられた。