東京都千代田区
心法寺の著名人の墓
4件の墓所を、写真と来歴つきで紹介します。
千代田区麹町にある浄土宗の寺。徳川家康の江戸入りにともなって開かれた古い寺で、千代田区内で墓地を持つ寺として知られる。遣米使節の副使を務めた村垣範正、見沼代用水を開いた井沢弥惣兵衛らの墓がある。
- 所在地
- 東京都千代田区麹町6-4-1
心法寺に眠る人々(4件)

村垣淡路守範正
1813–1880
幕末の旗本・外交官。箱館奉行、外国奉行などを務めた。1860年、日米修好通商条約の批准書を交換するための遣米使節団の副使となり、アメリカを訪れて大統領に面会した。そのときの見聞を記した『遣米使日記』は、当時の日本人の目に映った西洋を伝える記録として知られる。

松平重則
皆川藩初代
安土桃山時代から江戸時代前期の武将・大名。松平氏の一族で、徳川家に仕えた。上総国百首(現在の千葉県富津市)で大名となり、のちに下野国皆川(現在の栃木市)へ移って皆川藩の初代藩主となった。官位は従五位下・大隅守。心法寺に墓がある。

井沢弥惣兵衛為永
1654–1738
紀州出身の治水家・旗本。紀州藩で用水やため池の工事に腕をふるい、8代将軍・徳川吉宗に呼ばれて幕府に仕えた。武蔵国の見沼代用水をはじめ、各地で新田開発と治水工事を指揮し、「紀州流」と呼ばれる治水技術で享保の改革を支えた。

真野安通
心法寺の墓地に墓がある人物。心法寺は徳川家康の江戸入りにともなって開かれた浄土宗の寺で、旗本や幕臣の墓が多い。安通の詳しい来歴は、現在のところ確かな資料で確認できていない。ご存じの方はお問い合わせフォームからお知らせください。