岩手県盛岡市
東禅寺の著名人の墓
3件の墓所を、写真と来歴つきで紹介します。
盛岡市北山にある臨済宗の寺で、聖寿禅寺と並ぶ盛岡藩主・南部家の菩提寺。盛岡藩の初代藩主・南部利直をはじめ、歴代藩主の墓がある。聖寿禅寺から歩いてすぐの場所にあり、あわせて参拝できる。
- 所在地
- 岩手県盛岡市北山2-9-17
東禅寺に眠る人々(3件)

南部利直
26代 1576–1632
南部氏第26代当主・南部信直の子で、盛岡藩の初代藩主。関ヶ原の戦いでは東軍に属して領地を守り、大坂の陣にも出陣した。父が始めた盛岡城の築城と城下町の整備を進め、鉱山開発にも力を入れて、盛岡藩二百数十年の基礎を築いた。

南部利用
37代
盛岡藩の第11代藩主。実は二人いたことで知られる。最初の利用(吉次郎)が将軍への御目見の前に14歳で急死したため、藩は取り潰しを避けようと、年長の従兄を身代わりに立てて同じ「利用」として藩主に据えた。二人目も23歳の若さで没している。

南部利義
39代 1823–1888
盛岡藩の第13代藩主。利済の子。藩主となったが父と対立し、わずか1年ほどで隠居させられた。領民の人気は高く、三閉伊一揆では利義の復帰が要求の一つに掲げられた。藩主時代の名は利道などで、利義は隠居後に名乗った名である。