京都府京都市
京都霊山護国神社の著名人の墓
5件の墓所を、写真と来歴つきで紹介します。
京都・東山の霊山のふもとにある神社。明治維新をめざして命を落とした志士たちを祀るため、1868年に創建された。山の斜面の墓地には、坂本龍馬と中岡慎太郎、木戸孝允、池田屋事件や禁門の変で倒れた長州藩士など、千を超える志士の墓碑が並ぶ。
- 所在地
- 京都府京都市東山区清閑寺霊山町
京都霊山護国神社に眠る人々(5件)

吉田稔麿
1841–1864
長州藩の志士。吉田松陰の松下村塾に学び、久坂玄瑞、高杉晋作とともに「松門の三秀」と称された。奇兵隊にも加わった。1864年、京都の池田屋に集まっていたところを新選組に襲われ、24歳で命を落とした。松陰が最も期待をかけた弟子の一人とされる。

高杉晋作
1839–1867
長州藩士。松下村塾で吉田松陰に学び、上海で欧米に支配される清国の姿を見て危機感を深めた。身分を問わない軍隊「奇兵隊」をつくり、挙兵して藩の主導権を握ると、第二次長州征討で幕府軍を破った。翌年、結核のため下関で没した。霊山には志士として祀る墓碑がある。

坂本龍馬
1836–1867
土佐藩の郷士の家に生まれた志士。藩を抜けて勝海舟に学び、長崎で貿易会社・亀山社中(のちの海援隊)をつくった。対立していた薩摩藩と長州藩の同盟を仲立ちし、大政奉還の実現にも力を尽くした。1867年、京都の近江屋で中岡慎太郎とともに暗殺された。

長州藩士
京都霊山護国神社の墓地には、幕末の動乱で命を落とした長州藩の志士たちの墓が数多く並ぶ。1864年の池田屋事件や禁門の変の戦死者などが葬られ、祀られている。明治維新をめざして倒れた人々を弔うため、1868年に創建された招魂社がこの神社の始まりである。

木戸孝允
1833–1877
長州藩士。幕末には桂小五郎の名で活動し、薩摩藩との同盟を結んで倒幕を進めた。明治新政府では「五箇条の御誓文」の作成にかかわり、版籍奉還や廃藩置県を推し進めた。西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」と呼ばれる。西南戦争のさなか京都で病没した。