千葉県佐倉市
甚大寺の著名人の墓
4件の墓所を、写真と来歴つきで紹介します。
佐倉市新町にある天台宗の寺で、佐倉藩主・堀田家の菩提寺。大老・堀田正俊、幕末の老中・堀田正睦、最後の藩主・正倫ら、堀田家歴代の墓が並び、県の史跡に指定されている。
- 所在地
- 千葉県佐倉市新町78
甚大寺に眠る人々(4件)

堀田正俊
江戸幕府大老・古河藩主 1634–1684
江戸幕府の老中・大老。堀田正盛の子で、春日局の養子として育った。4代将軍・家綱の後継ぎに綱吉を推して5代将軍就任を実現させ、大老として綱吉初期の政治を主導した。1684年、江戸城内で若年寄の稲葉正休に刺されて亡くなった。

堀田正睦
下総佐倉藩第5代藩主・幕府老中首座 1810–1864
下総国佐倉藩の第5代藩主で、幕末の老中首座。藩では蘭学を奨励し、佐藤泰然を招いて順天堂を開かせ、「西の長崎、東の佐倉」と呼ばれる基礎をつくった。幕府では開国を進め、アメリカ総領事ハリスと通商条約の交渉にあたったが、朝廷の許しを得られず失脚した。

堀田正倫
下総佐倉藩第6代藩主・伯爵 1851–1911
佐倉藩の第6代で最後の藩主。正睦の子。戊辰戦争では徳川家の存続を願い出て一時謹慎となった。明治になって伯爵となり、東京から佐倉に戻って農事試験場を開き、学校への支援を行うなど、地元の農業と教育の発展に尽くした。旧堀田邸が今も残る。

堀田正恒
伯爵 1887–1951
旧佐倉藩主・堀田家の第11代当主。佐賀の鍋島家に生まれ、堀田正倫の養子となって伯爵を継いだ。貴族院議員を長く務め、海軍政務次官などを歴任した。養父の志を継いで、佐倉の教育や産業の振興にも力を注いだ。甚大寺は堀田家の菩提寺である。